​臨済宗妙心寺派 白華山養源寺

 

所在地

〒113−0022

東京都文京区千駄木5−38−3

TEL 03-3828-0185 FAX03-3821-6617

東京メトロ南北線 本駒込下車徒歩五分

都バス 東43 本駒込3丁目徒歩5分

        千駄木5丁目徒歩五分

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上記の歌は徳川家光公代、寛永二年(1625年)当時、摂政であった二條康道公が「寺門桜木多く、そのうえ秀岳(養源寺の当時の住職であり開山秀岳玄智和尚)茶を好む由」と聞きつけ、烏丸大納言様とともに養源寺に御下向遊ばれし節、詠まれた歌でございます。この養源寺の桜を”珍しき白華”と称され、この後、山号を白華山唱えるようになりました。現在、当時この白華(オオシマザクラ)と呼ばれていた桜は境内に一本だけ現存しています。

 

 

昭和二年刊行の養源寺紀念による沿革

(現代語訳)養源寺は本郷湯島の切通の下、大根畑にあった。開祖秀岳玄智和尚は春日局が帰依していた禅僧である。徳川二代将軍より本郷湯島に土地三千坪を拝領。春日局長男である稲葉丹後守越智正勝公(法名養源寺殿)を開基とし元和二年1616年)創建。明暦三年(1657年)明暦の大火により類焼、現在の駒込千駄木林に替地を賜る。このとき稲葉正勝公嫡男、正則公が黄檗宗開祖隠元禅師を招いて入仏供養をする。

 

 

湯島の切通の下に養源寺は位置していたとありますが、この切通の上には春日局菩提寺、天澤山麟祥院が現在もその場所にあります。ご存知の通り、この麟祥院あるが故にその寺の参道は春日通りと称されております。春日局が亡くなったのは 寛永2 0 年9 月1 4 日(1 6 4 3 年1 0 月2 6 日) その息子であり養源寺開基の稲葉正勝公は寛永1 1 年1 月2 5 日(1 6 3 4 年2 月2 2 日)に亡くなっています。息子に先立たれ自らの菩提寺の下に我が子の墓を建立するという母親の大きな愛情を感じます。四百年経った今でも麟祥院とは寺の親子関係にあり、時代が変わろうとも寺同士の深い絆で結ばれております。